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 「店主の独白」は、ブログに移しました。しばらくの間は、こちらの過去ログ
も残しておきたいと思います。
「ときめき」について考える  平成17年11月17日(木)
 駅で小銭を落としてしまった。ちゃり、ちゃり、ちゃり〜ん、
という音がしたので、誰かと思ったら自分だった。足下に
落ちていた500円硬貨を拾い、回りを見渡したが他には
見あたらなかった。と、その時、女性の声で「落ちてます
よ〜」というのが聞こえた。件の女性が指さす方を見てみる
と、100円玉が落ちていた。「すみません。どうも有り難う」と
言うと、その女性はニッコリと微笑んで去っていった。その
笑顔は、輝いていた。柄にもなく、おやぢの心が弾んだ。
中年おやぢのスケベ心が頭を擡げたなどというのでは決し
て、決してなく、あたかも思春期の少年のように、おやぢの
心は純粋にときめいたのであ〜る。
 この続きは、明日のココロだぁ〜っ! ←小沢昭一の声色で。
と言っても、続きなんてないのですが・・・。
常連   平成17年11月16日(水)
 何かの店の常連になるということが苦手である。例え
ば、昼食を取りに行く食べ物屋の類。手近にある店で
自分の好みに合うところとなると、数が限られてくる。その
限られた店の中から、今日はこちら、明日はあちらと選択
するわけであるが、どうしても同じ店に頻繁に行くことに
なってしまう。
 新しい店を開拓したとしても、初めの数回は良いのだ
けれど、4〜5回も通って「ぼちぼち店の人に顔を覚えられ
てしまったのではないか・・・」と思い始めると、もうダメで
ある。そうなってくると、ごく軽いものではあるが、行くこと
に抵抗を憶えるようになる。理由は自分でもよく分からない
のだが、強いて分析すると、あまり頻繁に同じ店に行って
いると、その店の人に「あっ、このオッさん、また来よった。
他に行くとこないんかいな。アホちゃうか・・・」と思われて
いるのではないかという気がして恥ずかしいのである。
もちろんバカバカしいことは、よく分かっている。食い逃げ
をするとかならいざ知らず、客としてちゃんとお金を払って
いるのであるから、店にとっては頻繁に来てくれる方が有り
難い筈だということは理性では分かっているのだが、感覚
的には何となく前述のような思いに囚われてしまうのだ。
救いがたいアホである。
ダイエット宣言  平成17年11月15日(火)
 ダイエットと言っても、ともしび洞店主のそれではなく、
サイトの軽量化のことである。ホームページを作成して
いる時には、それだけで手一杯で、ファイルのサイズの
ことまで気にしている余裕がなかった。重たくてページが
開くまでに時間がかかるようだと、折角アクセスしてくれ
ても、全部開き終わるまで待ってもらえないという話は
聞いたことがあった。そのあたりの事情は、自分が閲覧者
の立場でも同様であるので、知識としては「軽量化」のこと
は分かっていたが、取りあえずファイルを作ることだけで
精一杯だった。
 自分のパソコンで見ている限りでは、特に重たいという
ことはないのだが、いろいろな環境で見て頂いていること
を考えれば、少しでも軽い方が良いだろうと思う。よって
ここに、ダイエット宣言します! 新着本の目録打ち込み
作業をしながらということになるので、長期戦になってしま
いそうだが、サイトの軽量化に向けて努力してみます。
ネット古書店  平成17年11月14日(月)
 あるネット古書店のサイトで、リンク集に掲載されている
お店のうちの1件に「閉店しました」と書かれていた。今まで
訪問させて貰ったことがないサイトだし、どのような事情で
閉店されたのかも全く分からないのだけれど、何故か一抹
の寂しさを感じる。
 ホームページを作るのは、その道のプロやパソコンに
強い友人にでも頼むのならいざ知らず、自分で一から作成
するとなると、結構大変なものである。古本屋の場合、目録
に商品の情報を打ち込んでいくだけでもかなりの作業量と
なる。
 閉店された店の方も、その大変な作業を経てようやく開店
されたのであろうに、何らかの事情によって閉店を余儀なく
されたのかと思うと、やはり寂しい。「明日は我が身か・・・」
という思いもよぎる。
訃報  平成17年11月13日(日)
 桂吉朝師が亡くなった。新聞に死亡記事も出ていたので
あろうが、たまたまその日の新聞を読まなかったのか、単なる
見落としなのかは分からないが、今日まで訃報に気がつか
なかった。
 大好きな噺家の一人だった。米朝一門では吉朝、文枝一門
なら文太、枝雀一門なら雀三郎か雀松。みんなこれからの
上方落語界を背負っていく人たちばかりだと思う。そのうちの
一人が50歳という若さで逝ってしまった。
 だんだんと寂しくなっていく。宮川左近、夢路いとし、桂吉朝、
西岡恭蔵、高田渡、遠藤周作・・・。みんな逝ってしまった・・・。
                                 合掌
探しもの Part2  平成17年11月12日(土)
 そう言えば、レコードを探していた時期もあった。友人の家で、
とあるアルバムをカセット・テープに録音したものを聞かせて
もらい、そのレコードが欲しくなった。今から26〜7年くらい前
のことで、当時はまだCDなどはなく、LPレコードの時代であっ
た。市内のレコード屋を片っ端から回り、少し離れた店には電話
をした。もともとあまりメジャーとは言えないアーティストのアル
バムだったこともあり、どこにも置いてはいなかった。何軒目か
の店で、店員さんが「少し古いものならば、中古レコード屋さん
に行かないと手に入らないですよ」と教えてくれた。それを契機
に中古レコード屋回りを始めた。
 市内はもちろん、所用で遠方へ出掛けることがあったりすれ
ば、その町の中古レコード屋を探した。丸一日がかりで大阪の
中古レコード屋巡りをしたこともあった。梅田界隈から始めて、
アメリカ村、心斎橋、難波と中古レコード屋のはしごをした。へと
へとになった。いろいろと収穫はあったのだが、肝心のお目当て
のレコードは結局見つからなかった。
 半分あきらめかけて一時期ほどには熱心に探さなくなり、月日
は流れた。今から16〜7年くらい前、あるCDショップ(中古屋で
はない)で、何を探すともなく棚を見ていると、なんと、そのアル
バムのCD化されてものが並んでいた。狂喜乱舞せんばかりに
喜んで買い求め、家に帰るや封を開けるのももどかしく思いなが
ら、CDをかけた。「ん? 何カオカシイ・・・」アルバム中で特に
気に入っている曲が何曲かあったのだが、そのうちの2曲ほどが
入っていない・・・。ライナーノートを読むと、もともとLP2枚組だっ
たアルバムの中から何曲かを抜粋したダイジェスト版とのこと。
「そっ、そんな・・・。そら殺生だっせぇ、〇間音工はん!」
 それから更に時は去り、時は流れた。もうそのアルバムのことは
ほとんど忘れかけていた。数年前、知人と音楽談義をしていて、
ふとそのアルバムのことを思い出し、その話をした。知人は「今なら
ネット・オークションとかで探せるかも」と教えてくれた。インター
ネットを始めた頃にはそのアルバムのことはほとんど忘れていた
ので、ネットで探すなどということは考えてみたこともなかった。
早速ネットで検索をしてみた。数件ヒットしたが、その中の1件は、
つい半年ほど前に、オリジナルの2枚組のままでCD復刻された
との情報だった。その時既に夜の8時くらいだったが、すぐさまCD
ショップまで走った。マイナーな会社から復刻発売された(今回は
〇間音工ではなかった)マイナーなアーティストのCD。当然店頭
には置いていなかったが、即その場で注文し、取り寄せてもらった。
最初にカセット・テープで聞いてから四半世紀ぶりにCDを手に入れ
た・・・。
 ライナーノートによれば、当初のLPレコードは自主制作の限定版
だったらしい。手に入らなかった筈である。
探しもの 平成17年11月9日(水)
 以前、ある1冊の本をずっと探していたことがある。その本は、
今から16年〜17年くらい前にたまたま図書館で目についた
ものを借りて読み、その内容にいたく感心して、「この本はぜひ
手元に置いておきたい」と思ったものである。当時新刊書として
は既に絶版になっており、古本を探すしかなかった。「探していた」
と言っても、特に熱心に古本屋を見て回った訳でもなく、たまに
通りがかりに見つけた古本屋に入って見てみるくらいであり、
「いつか手に入れたい」という思いのまま歳月だけが経過した。
もちろん当時はまだ自分でネット古本屋を始めるなどとは想像も
していなかった頃であり、単に自分の興味だけでその本を探して
いたのである。
 インターネットをやり始めた頃に少しネットで検索したみたことが
あるのだが、当時まだまだネット古書店の検索システム自体が
充実しておらず、すぐにネットで探すのを諦めてしまった。
 数年前にまた、先に書いたのとは別の本を探す必要があり、久し
ぶりにネットで古書を検索してみると、以前と違ってネット古書店
の数も増え、お目当ての本もすぐに見つかった。その本を買った
のが、ネット古書店で買い物をした最初である。その頃、最初に
書いた本も「日本の古本屋」や「スーパ源氏」で検索してみたのだ
が、かろうじて1件だけヒットした。特に稀覯本というほどの本でも
ないのだが、たまたまその頃には古書業界にあまり出回っていな
かったのだろう。探し初めてから16年〜17年経ってようやく手に
入れることが出来たわけだ。値段は確か800円ぐらいだったよう
に記憶している。送料や送金手数料を入れても1200〜1300円
といったところ。
 今日、市内の某大型古書店へ行ったところ、その本が棚に並ん
でいるのが目に入った。「いくらで出しているのだろう」と見てみる
と・・・。
しょうもないですが・・・   平成17年11月7日(月)
「本日の回文」

くまにたまごまきまごまたにまく
(熊に卵巻き、孫股に巻く)

お粗末。
大人になると・・・ 平成17年11月5日(土)
 小学生の頃、家から歩いて10分くらいのところにある本屋
さんによく通った。最近の事情はよく知らないが、当時は子ども
向けの月刊漫画雑誌というものがあり、それをお目当てに、
発行日を待ちかねるようにして本屋に行ったものだった。冒険王、
漫画王という本がお気に入りだった。
 本屋さんは小さな商店街の中程にあり、その商店街を抜けて
暫く行くと、高等学校があった。長じて自分が行くことになる高校
なのだが、時間帯によっては、私が商店街の手前にある横断
歩道のところで信号待ちをしていると、道路を挟んで向こう側に
高校生が大勢信号待ちをしていることがあった。子供の眼には、
高校生がとても大人に見えた。きっと彼らは世の中のことは何
でも分かっているのだろうと思っていた。自分のように何から
何まで親から指図されたりするようなことはなく、自分で考え、
自分で判断出来るのだろうと思っていた。
 中学生になると、その思いは更に強くなった。人並みに思春
期を迎えると、小学生の頃より悩みは深くなった。「人間はなぜ
生きているのだろう」とか、「人間は皆いつか必ず死を迎える
ことになるが、死ぬと人間はどうなるのだろう」というような、
小学生だった頃には考えたこともないようなクソ生意気なことで
悩むようになったのである。当時の自分にとっては人生は「分カ
ラナイ」ことだらけであった。
 その頃の自分の眼には、高校生達は悟りの境地にあるように
思えた。今の自分に「分カラナイ」ことも、彼らにはとっくに解決
済みなのだろうと思った。そして自分も高校生になりさえすれば、
全ての「分カラナイ」ことは氷解し、悩むことなどなくなるのだろう
と思った。
 しかし、いざ自分が高校生になっても、何一つとして悩みは解消
しなかった。何も「分カル」ようにはならなかった。自分を取り巻く
世界は、昨日までと同じように混沌としており、自分は無力なまま
だった。「分カラナイ」ことは、相変わらず「分カラナ」かった。だが、
新たな希望が見つかった。大学生である。高校生になったばかり
の私には、彼らこそ本当の大人に見えた。お洒落な洋服に身を
つつみ、自由に喫茶店に出入りをし、アルバイトをして自分でお金
を稼ぎ、中には自動車に乗っているような者もいる。これが大人
でなくて何であろうか。大学生にさえなれば、自分は救われるの
だと思った。大学生になれば、人生の全てが「分カル」ようになる
のだろう、自分はもう「分カラナイ」が故に悩んだり不安になったり
することなどなくなるのだろうと思った。
 そして、大学生になった。またしても私は裏切られた。私の周り
には相変わらず濃い乳色の霧が立ち込めていた。何も見えるよう
にはならなかった。何も「分カル」ようにはならなかった・・・。

 と、以上のようなことを大学時代の英作文の課題に書いた憶え
がある。その時の思いつきではなく、本当に子どもの頃からずっと
思っていたことを書いた。その英作文を書いた当時、自分が40歳
や50歳になったら、今度こそ本当に大人になり、人生の全てが
「分カル」ようになると考えていたのかどうか記憶が定かではない。
そもそもそんな年齢の自分というものを想像することさえ出来なかっ
たのかも知れない。
 今私は50歳である。子どもの頃に感じたほどには、「分カラナイ」
という思いは強くないような気がする。しかしそれは、私が大人に
なって人生の何ほどかのことが「分カッタ」からでは毛頭ない。子
どもの頃ほど真摯には、「分カラナイ」ことと向き合おうとしなくなった
だけのことである。本当は今でも何一つ「分カッテ」なんかいない。
何一つとして・・・。50年もかかって、何一つとして・・・。
文化の日  平成17年11月3日(木)
 今日は、文化の日。憲法第25条は、「すべて国民は、健康
で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と規定して
いる。自慢ではないが、私は「健康で文化的な生活」を営んで
いる。
 まず第一に、文化住宅に住んでいる。文化的であるという
より、住んでいるところが「文化」そのものである。台所には
「文化鍋」と「文化包丁」があり、これで日々の食事を用意して
いる。これまた文化的である。
 健康的であるという点についても、文化的である以上に自信
がある。まず件の文化住宅であるが、非常に日当たりが良い。
やはり何と言っても、健康のためには太陽の恵みが不可欠で
ある。この文化住宅、夏場は午後から日没までずっと燦々と
日が当たっている。あまりに日当たりが良いので、夏場など
全く暖房の必要がない。ただ、冬場ほとんど日が当たらないが、
まぁ全てを完璧にというのは高望みに過ぎるであろう。人間、
足りるを知る必要がある。
 健康的である証拠に、ここ何年も医者知らずである。国民健康
保険加入者は自己負担が高いので、医者には行かないことに
しているからだ。少々の病気であれば、サロンパスを貼って治し
てしまう。頭が痛ければオデコに、風邪引きで喉が痛ければ喉に
サロンパスを貼る。効果覿面である。久光製薬はエラい。ただし、
どういうものか、この方法は金持ちには効かないようである。彼
らは普段の贅沢が祟って体がヤワになっているからかも知れ
ない。
 以上のことからご賢察頂けるとおり、私は、憲法第25条の具現
者である。「歩く憲法」と呼んで頂きたいくらいである。英語で言
えば、「ウォーキング・コンスティチューション」といったところで
あろうか。憲法を遵守しているという意味では、司法の判断を
蔑ろにするようなどこかの国の総理大臣より、私の方が遙かに
上をいっている。私の唯一の自慢である。
読書の秋 平成17年11月2日(水)
 今朝、珍しい体験をした。電車の車内で本を読んでいたの
だが、読書に夢中になり過ぎ、もう少しのところで乗り過ごして
しまうところだった。「なんだ、そんなこと珍しくもない」との声も
あろうが、私はどういうものか、若い頃からこの手の経験が全く
と言っていいほどない。
 たまたま私の近くのドアから乗ってくる人がいなかったので、
人にぶつかることもなく小走りに降りることが出来たのだが、
降りる駅に気がつかないくらいに自分が本に熱中していたこと
に驚いた。最近とみに集中力も感受性も鈍くなってきていると
いう実感があっただけに、まだこんなに本に夢中になれたこと
に我ながら感心した。やっぱり本はおもろいっ!。
もう幾つ寝ると・・・ 平成17年11月1日(火)
 今日から11月。2月ごとのカレンダーなら、もうあと1枚しか
残っていない。常套句だが、本当に1年が経つのが早い。毎年、
特にこの1年何をしたという思いもないままに過ぎてしまう。まぁ、
今年は何とかホームページをオープン出来ただけでも収穫と言
えるだろうか。いろいろな人にアドヴァイスを頂いたり、分からない
ことを教えて貰ったりはしたが、一応自分で作り上げたと言っても
いいだろう。
 残り2カ月、目録を充実させる作業が待っている。発送作業も
待っていて欲しいなぁ・・・。
今日のは、やや長い 平成17年10月31日(月)
 自信満々という人が苦手である。もちろん、自信に満ちた人達を
とやかく言うつもりはない。単に自分としては「苦手」だというだけの
話である。
 人間の考えというものは、全て偏見であると思っている。どんなに
多数派の考えであっても、それはたまたま、その考え方をする人が
多いというだけであって、それが正しいということとは全く別問題で
ある。また、そもそも世の中に「正しい考え」などというものは存在
しないのだとも思っている。いわゆる「価値相対論」というヤツである。
「価値相対論」自体は既に語り尽くされた議論であろう。私ごときが、
今更何も付け加えることはない。
 人間というものは、如何に客観的に幅広くものごとを見ているつもり
であっても、それは、自分が考える「客観」でしかなく、人は自分自身
というものから抜け出ることが出来ない以上、自分が思う「客観」、
自分が考える「幅広い考え」から抜け出ることは出来ない。自分が思う
「客観」から抜け出られないのであれば、それは既に「主観」でしかなく、
自分が考える「幅広い考え」から抜け出ることが出来ないのであれば、
それは既に「幅広い考え」などではありはしない。世の中は自分が
思っている以上にとてつもなく広く、自分には想像もつかない価値観の
人間がたくさんいるのではないかと思う。そのことを思う時、私には、
自分の考えが「正しい」などと思うことは、とても出来ない。
 自信に満ちあふれた人というのは、本人が意識しているかどうかは
別にして、自分が「正しい」と思っているのではないかという気がして
ならない。「自信」という言葉を国語辞典を引くと、「自分の才能・価値を
信ずること」とある。ここで言う「才能・価値」には様々なものがあろうが、
今仮に「ものの考え方、価値観」に絞って言うと、「自信がある」という
ことは、「自分のものの考え方、価値感を信ずること」と言えるであろう。
「俺の考え方が間違っているという自信がある=俺の考え方が間違って
いると信じている」という表現もあり得ないではないが、一般的には
「自分の考え方に自信がある=自分の価値感を信じている」というのは、
「自分の考え方、価値観が正しい」と信じていることであろう。自分の
考えというものが、このとてつもなく広い世の中の、とてつもなくいろんな
事を考える人達の中では、満点の星空の中の小さな一つの星にしか
過ぎないということに思い当たれば、「自分の考え方、価値観が正しいと
思うこと=自信を持つということ」などは、私にはとても出来そうもない。
 「正しくある」ことが出来ないのに「自分は正しい」と自信を持つことは
傲慢である。常に謙虚でありたいと思う。残念ながら、今それが出来ては
いない。これからも、とても出来そうもない。しかし、常にそうありたいと
願うことだけは忘れまいと思う。自分の考えと違う考え方の者を排斥する
ような真似だけはするまいと思う。他人を「あの人達は、これこれだ」と
決めつけるようなことだけはするまいと思う。せめてそれだけは・・・。
 
昔見た映画  平成17年10月30日(日)
 昔、奇妙な映画を見たことがある。美智子という名の女性が主人公
だった。2時間弱の上映時間の最初から最後までずっと、美智子が
団扇で風を送っているだけという映画だった。
 これがホンマの「美智子の送風(未知との遭遇)」。なんちゃって・・・。
今日のは、ちと長い 平成17年10月29日(土)
 人間は感情の動物だそうである。確かに、我々の日常生活に感情が
占める割合は高い。親子、夫婦、兄弟等の家族関係や友人知己や
ビジネス社会における同僚、上司、取引先等の人間関係においても、
それらの関係がうまく行くかそうでないかは、感情に左右される部分が
非常に大きい。
 個人的には、人生で一番ストレスの溜まる問題は人間関係ではないかと
思っている。家族間の不仲であるとか、職場の上司とうまくいかないとか、
取引先とのトラブルであるとかの問題のほとんど全てに人間関係が絡んで
いる。例えば、取引先とのトラブルにしても、双方の担当者の間に良好な
人間関係が既に構築されている場合には、少々のトラブルが発生したと
しても、お互いの信頼に基づく話し合いによって、問題が大きくなることなく
解決されることが多いであろう。逆に、これまでの何らかの経緯からお互い
の間に感情的な痼りがあるような場合に、その後更に別のトラブルが発生
したりすれば、たとえそれが小さなトラブルであったとしても、これを平和裡
に解決することには非常な困難が伴うであろう。
 この人間関係を左右するのは、各個人の感情ではないだろうか。単に
「あいつはムシが好かない」といった程度のものから、過去の何らかの
事情によって相手に対して悪感情を抱いているとか、更に進んで相手を
憎悪しているとかいったような感情が、人間関係がうまく行くかそうでない
かを決定する。
 感情というものは、自己の内部にのみ存在するものである。よって、
当然のことながら、それは自分にしかコントロールすることが出来ない
(仮にそれがコントロール可能であるとして)。1.人生最大のストレスの
原因が人間関係であり、2.人間関係を支配しているものが個人の感情で
あり、3.感情が自分にしかコントロール出来ないものであるのであれば、
人生最大のストレスを避けるための唯一の方策は「自己による感情の
コントロール」ということになるであろう。
 人間は感情の動物であるが故に、感情によって喜び、感情によって苦しみ、
感情によって悲しむのである。「感情によって喜ぶ」のではなく、「喜びが即ち
感情そのものではないのか」という声も聞こえてきそうであるが、心に芽生
えた喜怒哀楽の感情が更に次の感情を引き起こし、引き起こされた感情に
よって更に次のより大きな感情が起こるというような意味合いで言っている。
まず「あいつがあんなことを言った、あんなことをした、不愉快だ」という感情が
起こり、その感情の故に相手との人間関係がギクシャクし、ギクシャクした
人間関係にある相手とは接触したくないのだが、仕事の都合等何らかの事情
があってイヤでも関わらなければならず、イヤな相手と接触しなければなら
ないということによって不愉快な思いが続く。最初に浮かんだ「不愉快だ」と
いう感情のために日々「苦しむ」のである。言わば「感情の拡大再生産」とでも
いうことになるだろうか。
 自分で自分の感情をコントロールして「あいつがあんなことを言った、あんな
ことをした、不愉快だ」という感情を消し去る、あるいは出来る限り小さくすると
いうことが出来れば、相手と一緒に過ごすことがあまり不愉快ではなくなり、
特に不愉快と思うほどの人間ではないのであるから、その者と接触したとして
も、さほどストレスが溜まるということがなくなる。「感情の拡大再生産」が回避
されるということである。
 分かっちゃいるけどねぇ・・・。だが、「自己による感情のコントロール」などと
いう器用なマネが、出、来、な、い・・・。自分を苦しめているのは、自分自身で
ある。憎むべき敵は「不愉快な誰かさん」などではなく、自分自身だ。
ようやく解決しました  平成17年10月28日(金)
 オープン早々にホーム・ページにトラブル発生。文学の目録ページにある
他の目録ページへのリンク・ボタンが一部表示されなくなった。ウェブにアク
セスする度に、うまく表示される時と表示されない時がある。また、5ページ
ある文学目録のうち、リンク・ボタンが表示されるページとされないページが、
アクセスの度に異なったりもした。
 もともとパソコンに強い方でもなんでもなく、ホームページを作成するだけ
でもようやくの思いであったのに、トラブルともなると、全くお手上げである。
ネット上にある「お助け掲示板」のたぐいのページで教えを乞い、親切なアド
ヴァイスを頂いたお陰で、ようやく復旧することが出来た。多謝!
アクセス   平成17年10月25日(火)
   昨日は46件のアクセスを頂いた。先輩ネット古書店さん方のサイトに
比べると、まだまだ桁が1つも2つも少ないのだが、正直、「へぇ、こんなに
来て頂いたのかぁ」という思いである。検索エンジンにはまだ登録されて
いないし、サイトのオープンをお知らせした友人知人はせいぜい10数人
くらい。相互リンクをして頂いているサイトは、今のところ僅かに1件だけで
ある。あと心当たりと言うと、ホームページ作成に当たって素材をお借りした
サイトや、以前から個人的に遊びに行かせてもらっていたサイトの掲示板に
素材拝借の御礼やオープンのご挨拶を書かせて頂いた際に、URLも記載
させてもらったところが数件あるくらいである。そんな状況なので、せいぜい
10数件もアクセスがあれば良い方だろうくらいに思っていた。「皆さん方、
一体全体どこからいらしてくれたのだろう??」と不思議でしょうがない。来て
頂くためにサイトをオープンしながら、来て頂いたことを不思議がっていると
いうのもオカシナ話である。
 40人もの方(自分のアクセスを除けば、これくらいか)にとにかく覗きにだけ
でも来て頂いて、本当に有り難い。昨日お越し下さった皆々様に感謝!
少し寒くなってきました  平成17年10月24日(月)
 土曜、日曜と、少し寒い日が続いた。数日前まで暖かかったので、
急に冷え込んだ感じだ。10月も下旬なのでそろそろ寒くなってきても
当然だろう。子どもの頃は冬が好きだった。暑いのは苦手だったが、
少し肌寒いくらいの方が気持ちが良かった。真冬でも靴下もはかず、
突っ掛け履きで外をウロウロしていた。まぁ、神戸の冬は寒いと言っても
たかだか知れいてるということもあったかも知れない。それが、年の
せいか、近頃ではめっきり寒さに弱くなってきた。年齢のせいと言う
よりも、フトコロの寒さが影響しているのかも知れない。こちらの方は、
厚着をしても暖かくはならない・・・。
なんとかオープン   平成17年10月23日(日)
 ネットの古本屋に興味を持ったのが、昨年末。少しずつ興味が高じ、
自分でもやってみようかなと思うようになった。「やってみようか」が
「やってみたい」に変わり、「やろう」となる間に数ヶ月が経過した。
 なにはともあれ、まずはホーム・ページを立ち上げないと話しになら
ないが、専門家に頼むほどの資金の余裕はないし、自分で作るといっ
ても、ネットはもっぱら見る方専門で、HPの作成など、何処から手を
つけて良いのかも分からなかった。
 周りの人たちのアドヴァイスを受けながら少しずつ手をつけ始めたの
は、今年のゴールデン・ウイークの頃だった。それから早くも半年が経と
うとしている本日、ようやくサイトをオープンさせることが出来た。こんなに
時間がかかってしまったのは、作成の途中で、「これでは目録更新の
時に手間がかかってしまうな」とか「在庫管理に不便だな」とか思い当たっ
て、既に出来ていたファイルを作成し直すということが続いたため。ファイル
の作成途中でパソコンが落ちてしまい、せっかくの作りかけファイルが
消えてしまったこともあった。まさしく試行錯誤の連続だった。今でもまだ
「ここをこうしたい、あそこはこうすべきかな」と考えるところも多々あるが、
今後少しずつでも改善してゆければと思う。

 見やすいホーム・ページと魅力ある品揃えを目指します。ぜひ末永く
ご愛顧のほどをよろしくお願い致します。
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